「取材の自由」と「報道の自由」を!
最近、マスコミ崩壊の流れがあるとご紹介いたしましたが、
しかし、情報戦において、良質な情報、本当に知りたいことを提供できるところが出現するならば、
ありがたい存在であると思います。
そういうところは、逆に、ピンチはチャンスで、大発展できるのではないかと思っております。
私は、政治は、公平に、かつ平等に、「取材の自由」、「報道の自由」を国内においても保証でき、
また、諸外国に対しても、それを求めることができる力を発揮してゆくべきだと考えます。
もちろん、国家機密は、そう簡単に知りえませんが、
その国の実情はどうなっているのか、その国のさまざまな人が、どう思い、考えているか取材でき、
報道できることにおいて、自由があればあるほど、素晴らしい世界が展開してゆくと思います。
そうすれば、当然ですが、良いものは、必ず広がりますし、悪いものは、露呈し、結局は、淘汰されてゆきます。
自由があれば、長い目で見て、良いものは広まり、ありがたがれ、喜ばれてゆきます。
当然ですよね。
悪いものは、クレームが出て、悪い評判が広がり、結局、市場から駆逐されてゆきます。
こういうブログの世界もそうですね。読まれなくなるだけですが…。
しかし、自由がなければ、そうではなくなります。
政府の一方的な情報しか流されない。
政府の批判をすると、検挙される。というようなことになると、
間違っているものも、その間違いが伝えられず、間違いが隠され、人々を苦しめることになります。
例えば、
いま、北朝鮮に、自由に取材に入れません。
中国にも、そう自由に取材に入れません。
まず、そういう国に、自由に取材ができ、そこに生きている人々の生の声を聞け、
そして、それを報道できれば、世界は変わってくるでしょう。
少なくとも、自由主義国で許される範囲の取材の自由があり、報道の自由が享受できるようになれば、
世界は変わってゆくでしょう。
いいことしか報道しないで、悪いところは、全部隠しているという存在は、
これから、どんどんと、その悪いところが明らかにされてゆくべきです。
そういう風に、悪いところを明らかにするということが、
正しくなされるならば、未来は明るいと言えるでしょう。
取材の自由と報道の自由が、本当の意味で正しく推し進められてゆくならば、
正しいものは広がり、悪事は必ず露呈することになり、世界は良くなってゆくでしょう。
しかし、その、本当の意味において、それが正しく推し進められるには、
人々に、真に価値判断ができる良識が広まり、普遍的な考え方が広まり、
善と悪を分けられる智慧の獲得という高度な努力が、大切にされてゆかねばならないと思います。
私も努力してまいりますが、ぜひ、いいものは広げていただきたいと思いますし、
世間に害毒となるものは、しっかりと批判し、反省を促す機能が社会には必要だと思います。
いま、もしかしたら、日本の最大のネックの一つが、
いいものは広めず、
悪は、見て見ぬふりをするような卑怯な心にあるのかもしれません。
本年3月、私は出張でインドに行かせていただきましたが、
インドのマスコミは、とてもフェアでした。
いいものは載せ、広め、悪いものは載せないという気概のようなものまで感じました。
責任をもって、しっかりと価値判断がなされていました。
インドでは、大川隆法総裁先生の御説法を、全インドに生中継し、
国連のハン事務総長のテレビ出演は、統一教会系の思想を持っているという理由で、はっきりと断ったのです。
大川総裁のインドでのご説法の様子などを、少しですが、ご覧いただけます。
↓
http://youtu.be/1UZ_Y0IIX-o
取材の自由、報道の自由を推進し、また、真の良識を広めて、
良いものは広がり、悪いものは駆逐されるような、
ほんとうの自由が保障される未来を拓いてまいりたいと思います。
日々、私も良質なものを学び、見識を高め、精進を積み重ねてまいります!
幸福実現党
ほそかわ幸宏
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